いつの頃からだろう。あの人を好きになり始めたのは。
有り得ない夢を見ては溜め息を吐(つ)く、そんな行動がいつしか習慣のようになってしまった。
彼には付き合っている女性がいる。それが親友ともなれば自分の想いを伝えることが出来ないのは仕方がないだろう。

はあ~。
今日も私は放課後の教室の窓から外を眺めては溜め息を吐き、眼下にある昇降口から帰宅していく生徒達が吐き出されていくのをぼんやりと視界に収める。
その中に一組のカップルを見つけた。
一人は海白彩(うみしら あや)ちゃん。私の先輩であり大親友でもある女性だ。
そしてその隣りにいるのが───。

「…聖(ひじり)くん」

神谷聖、私と同じクラスの男性だ。
この距離では二人の表情を知ることは叶わないが、その光景に胸が締めつけられる。彩ちゃんには幸せになってもらいたいと願う反面、何故その相手が聖くんなのかという自分勝手な想いが沸き上がり私はまた溜め息を漏らした。
そんな感情を持て余していると彩ちゃん達の姿が見えなくなった。
確認するように窓に顔を寄せて外を見る。当然そこには二人の姿は無い。
息を大きく吐いてそこから離れると、のろのろと帰り支度を始めた。

自室のベッドの上にクッションを抱いて座り込む。
頭の中は親友と自分が好意を抱いている男性の関係についての事で占められていた。
聖くんは本当に彩ちゃんが好きなのか、そして海白彩と神谷聖が付き合っているのは事実なのか。
真実、現実、空想、夢想…。
色々な考えが頭に浮かんでは、それを元にしてまた新たな疑問が出てくる。

「あー、こんな風に悩むなんて私らしくないよう」

クッションに顔を押し付けて思わず嘆いてしまった。
玖堂有羽(くどう ゆば)は一人で考え込むよりも、行動して白黒はっきりさせることがモットーだったはずだ。
そう思い、私は彩ちゃんに連絡をとった。
数回の呼び出し音が鳴った後、『もしもし』と明るい声が耳に届いた。

「彩ちゃん、あのさ…。ちょっと相談したいことがあるんだけど。あ、今日じゃなくてもいいんだ。時間、割いてもらえるかな?」
『そうね…。明日か明後日なら図書館でレポートの調べ物をするから、その時なら大丈夫だけど。どう?』
それから思い出したように
『でも有羽が他の人には聞かれたくないと言うのなら別の場所にするけれど』
彩ちゃんの言葉は優しくて、その響きを聞いているといつも甘えてしまいたくなる。ちゃんと他人の事も考えられるし、私とは大違い。そんなことをふと思った。

それでも聖くんとのことを聞く勇気はなくて「それは大丈夫だから明後日お願いします」と頼むのがやっとだった。
2日後を選んだのは、どう彩ちゃんに切り出したら良いのか考えを纏(まと)めるためだった。こう言われたらこう答えよう、とかこんな質問したら失礼かな?と自分の中で模擬回答を繰り返していた。
だが結局たいして纏まらないままに当日を迎えてしまった。
普段通り少しざわついている図書室で、いくつかの資料を手にした彼女が席に腰を降ろしたところで切り出す。

「ねえ彩ちゃん…。彩ちゃんには好きな人って、いる?」

驚いた表情を浮かべた先輩に私は心にあった思いをゆっくりと言葉にした。
自分の恋愛観やそれに伴う今の気持ちを溜め息を交えながら正直に吐露(とろ)していく。彩ちゃんはそれを静かに聞いてくれた。
智孝(ともたか)兄ちゃんではない男性が好きなことを告白しても笑顔で受け入れてくれて、それが心強くて「有羽の好きな人って、誰?」という質問にも答えることが出来た。
けれどもそれはとても勇気のいることだった。何故ならこれから挙げる名前が質問者の恋人なのかもしれないのだから。

「……聖くん」

ようやく口にした名前に彩ちゃんの笑ったような声が耳を打った。「神谷くんて好きな娘(こ)がいたんだ」というその言葉に驚いた私は思わず質問返しをしてしまった。
それに対しても「私はただ相談相手として一緒にいることが多いだけよ」と笑顔で否定する彩ちゃんに、安心から顔が綻(ほころ)んだ。
「私も応援するから頑張ってね」
親友の言葉に心からお礼を口にする。ありがとう彩ちゃん、と。

それからの私と云えば溜め息の習慣とは別れを告げて鼻歌混じりの学校生活をしていた。
我ながら現金な性格だとは思うけれど、それが玖堂有羽という人間なのだから仕方がない。そんなことを考えながら放課後の教室内を移動する神谷聖くんを目で追っていた。これから生徒会があるのでその準備をしているのだろう。
突然彼が頭を押さえて身体を支えるように机に手を置いた。

大丈夫?と声を掛けると少し熱がある気がするだけだから平気だとの答えが返ってきた。だが辛そうにする聖くんに「本当に大丈夫なの?」と駆け寄った。
額で熱を計ると確かに微熱があるようだった。
身体を離した彼にそれを告げ、生徒会も休むよう進言した。

「生徒会長には熱があるから早退したって言っておくから」

わかった、と鞄を手に教室を出る聖くんを見送ってから私も生徒会への準備を始めた。と、その手が止まった。
わたし…いま、なにをした?
熱を計ろうとして───。

『お前なぁ。こんなやり方ばかりしていると、いつか他人にも同じ事をするぞ』

智孝兄ちゃんの熱を診る時に額を合わせると必ずこう言われた。でもその時は他の男性にしない、絶対の自信があった。だから兄ちゃんにもそう豪語していたのに…。
机に突っ伏していると、教室の前を通りかかった同じ委員会で仲の良い生徒が驚いたように入ってきた。そして顔を赤くしている私に早退したほうが良いと言ってくれた。
頭がぼうっとしている今の状態では出席しても意味が無いだろう。そう思いその生徒の言葉に甘えることにした。

どうしよう。
あんな事した後じゃ顔をまともに見られないよ。
次の日登校してきた聖くんに安堵したものの彼を目撃すると姿を目で追う習慣は止められず、しかもその男性が顔をこちらに向けた途端に視線を逸らしてしまう。
前日の行動といい今といい、これでは嫌われても仕方がないと思う。もちろんそれはそれでとても怖いのだ。けれども顔を見ることも恥ずかしくて出来ない。

悪循環。
帰宅時刻の過ぎた教室で大きく溜め息を吐き、机に倒れ込むように頭を抱えていると上から男性の声が響いてきた。

「有羽。今日一緒に帰りたいんだけど、いい?」

顔を上げるとそこには神谷聖くん本人がいた。突然のことに、ぽかんとしている私に「駄目かな?」と聞いてくる。
駄目なわけが無い。慌てて了解の旨を伝えると彼はよかった、と笑顔になる。その表情に見とれてしまい体温が上昇するのを感じた。それを隠そうとして少し大げさに帰り支度を始める。
北風の舞う街道。会話も殆ど無く横に並んで歩いているだけなのに鼓動が早くなる。

「ちょっといいかな」

聖くんは帰宅路にある公園を指して同意を求めた。頷くと人通りの少ないベンチに案内された。近くにある自動販売機を見ながら何か飲むかと聞かれたが首を振る。

「ううん。私は別にいいよ」

そう、と言った彼は私の隣りに腰を降ろし夕暮れの空を見上げる。
聖くんが誘ってくれた意図が解からなかったので話を向けられるのを待つことにした。彼が口火を切るまでいつも通りに振る舞おうとして、普段自分がどんな風にしていたのかが思い出せず結局何も出来ずにいた。
ようやく聖くんが視線を空に向けたまま言葉を発した。

「あのさ…。僕のために、僕にずっと笑顔を向けていてくれないかな。有羽が笑った顔が好きなんだ」

それを聞いて思わず良かったあ、と言ってしまった。
不思議そうにこちらに顔を向けた聖くんに慌てて弁解する。

「昨日あんなことしちゃったし、今日だって聖くんを避けるようにしてたし…嫌われたのかも知れないと思ってたから」

それからにっこりと笑みを浮かべて
「でもお安い御用だよ。笑顔には結構自信があるんだ」
威張るように口にする私とは対照的に彼は溜め息を吐いた。

「海白先輩の言う通りだ。僕はこれでも君に愛の告白をしているんだけどね」

愛の告白、という単語に心臓が跳ね上がった。けれども本質的に言っている意味が判らなくて首を傾げる私に聖くんは優しい微笑みで教えてくれた。

「先輩はこう言っていたよ。有羽にはちゃんと伝えないと駄目だと。遠回しでは判ってもらえないよって」

くすくす笑ってそれが本当だったと漏らし、それから私の返事を促した。

「有羽、君が好きだ。もし良ければ僕と付き合って欲しいのだけど、どうかな」

嫌なはずがない。にもかかわらず首を縦に振るその動作が途中で止まってしまったのは引っかかる事があるからだ。
その原因を知っているのかのように聖くんは彩ちゃんを責めないでほしいと願い出た。先輩は有羽と僕の掛け橋になりたいからと口止めの約束を破って僕に君の気持ちを教えてくれたのだ、と。
それを聞いて私は彩ちゃんらしいと笑い、胸のつかえがスッと取れたのを感じた。

「今度は彩ちゃんが幸せになる番だね。よーし、私が幸せにするぞ。」

両手で小さくガッツポーズをすると聖くんに「ご協力をお願いします」と右手を差し出した。彼も微笑みながら賛成し、手を握り返してくれた。

そこから伝わる体温にようやく嬉しさが込み上げてくる。
風が吹き抜ける公園はまだ冬だと思わせる寒さだけれど、私には一足早く春が来たような気がした。

 

END

紆余曲折|桜左近




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号