ノートに鉛筆を走らせていた玖堂有羽は一区切り付いた所で息をひとつ吐き、うんっと伸びをした。そのままの姿勢で時計を見上げると下校時刻はとうに過ぎている。
 驚いて窓の外を見ると辺りは薄闇に包まれていた。

「(根(こん)をつめていたわけじゃないんだけどな…。今日はもう帰ろっと)」

 机の上を片づけると退室する際にパチンと電気を消した。
 暗くなり始めている外へ出ると早足で校門へと向かう。少し遅くまでいたとはいえ、やはり夜の学校は長居したい場所ではない。
 門を出たところで
「有羽」
 名前を呼ばれた。振り向くと校門に寄りかかるようにして立っている男性の姿が目に写った。

「実春くん……どうしたの?こんな所で」

 驚きの表情で恋人である野田実春を見つめる。

「お前を待っていたんだよ」
「え?だって今日は遅くなるかもしれないから待ってなくてもいいって言ったよ?」

 彼女の返答に大きく溜め息を吐く。しかしこんな場所で立ち話をしていても仕方がないので帰ろうと促してから待っていた理由を明かした。

「有羽が心配なんだよ。一人で頑張ろうとするから。今日だって文化祭か何かの資料とやらを作っていたんだろう?」
「うん――。でも大した量じゃないからもうすぐ終わるし」
「大した量じゃない仕事をいくつも抱えていたら大量になるんじゃないのか?」

 そう言われてしまうと有羽は黙るしかなくなる。実際、細かい作業がまだ沢山残っていた。

「海白や神谷達も心配しているぞ。確かに生徒会の仕事は委員にしか出来ないだろうけど、他の人に手伝ってもらったって罰は当たらないと思うぞ」

 実春はそう言うが、有羽は小さな仕事で他人の手を煩わせたくなかった。そんな事を頼んだら相手が迷惑に思う気もするのだ。が、それを口にすることも出来ない有羽は「そうだね」と曖昧に頷くだけに留(とど)めた。
 その様子に野田実春は彼女の手を引くと道脇に寄せた。そして正面から有羽を見つめる。

「俺はお前が心配なんだ。他人に迷惑を掛けまいと自分一人で頑張って……。俺に言わせれば学校行事なんかよりも何十倍も有羽のほうが大切だ。文化祭が成功したってお前が身体を壊したら俺は生徒会を恨めしく思う。だから」

 身体が引き寄せられる。

「無理するな」

 耳元で囁かれる言葉に、玖堂有羽は他人との間に造っていた壁が崩れていくのを感じた。
 一度彼を強く抱き締めると、あっさり離れた有羽は実春に笑顔を向ける。

「ありがと。そうだよね、私が倒れちゃったりしたら結局皆(みんな)に迷惑が掛かるんだもんね」

 明日、皆に手伝ってもらえるか聞いてみるから。
 実春はそう言う彼女にホッとした表情になった。

「でも嬉しいな。実春くんにそんなに大切に想ってもらえているなんて思わなかった。あー、なんか幸せ」

 ほのかに顔を上気させながら歩き出した。その足取りは今にもスキップをしだしそうだ。
 有羽の身体を心配して、思わず本心を口にしてしまったがどうやらそれが良かったらしい。しかし照れもあってその事を素直に喜ぶことが出来ない。
 野田実春は苦笑を浮かべながら恋人の後ろをゆっくり歩いていった。

END

大切なこと|桜左近

 




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号