彼女はマイクをテーブルの上に置くと間近にいる男性に微笑みかけた。
 彼は同じように笑みを返すと音楽と映像が流れ出したテレビへと顔を向ける。
 その音楽、歌詞に聞き覚えがあった海白彩は歌っている恋人を見つめた。
『初めて君に出会った時に 僕の中を何かが駆け抜けていった 「ヒトメボレ」だった 君に聞いた事があるよね「一目惚れって信じてる?」 頬を染めながら君は笑顔で頷いた』
 去年のクリスマス、親友の玖堂有羽に誘われて樫倉晟、神谷聖と共にカラオケに行ったその時に想い人が歌った歌だ。
 どういうことかと思っている内に歌は終わり、彼は彩へ向き直る。

「彩先輩、この歌を覚えていますか?」
「ええ……クリスマスの時に聖くんが歌っていた歌よね」

 少しだけ複雑な表情で彼女は頷いた。
 そんな彩を見つめた神谷聖は笑顔のまま肯定する。

「はい。あの時僕は自分の気持ちに区切りをつける為に歌ったんです」

 僕は、玖堂に魅かれていました。
 そう告白する聖に、知っていたと言うことも知らなかったと嘘を吐くことも出来ない彩はただ黙って聞いていた。

「初めは興味からだったんです。玖堂の考え方…僕とは違って前向きに考えようとするその姿にすごいな、って。次第にその感情は『好意』に変わっていきました。でも、もうその時には玖堂には晟という好きな男性がいて…」

 聖は心を落ち着かせようとするように軽く息を吐く。

「晟も玖堂が好きなのは知っていたから、僕は自分の気持ちを押し殺すしかなかった。興味があるだけだと自分に嘘を吐きながら。だけど晟から玖堂と付き合ってるって言われた時、僕も自分の気持ちに区切りをつけなきゃいけないって思ったんです」

 その思いを晟に伝えたくて僕はこれを歌ったんです。
 初めて聞く聖の過去の想いに彩は戸惑いながら口にした。

「……どうしてその話を私に?」

 彩自身、立ち聞きして以来気になってはいたものの本人に聞くわけにもいかず、付き合い始めてからも考えないようにしてきた。
 彼も玖堂有羽が好きだったということは微塵も感じさせずにいた。
 だから何故今恋人が打ち明けてくれているのかが全く判らない。

「玖堂への想いが本当に過去になったことに気が付いたので彩先輩にお礼を言いたくて」
「お礼?」

 思い当たらない彩が怪訝そうに聞き返す。

「はい。実は彩先輩と付き合い始めてからも玖堂のことが気になっていたのです。……好き、ということではなくて―――ふと思い出してしまう、という感じなのですが」
「何となく判るわ、その気持ち」

 ずっと想ってきたのだからそういう事もあるだろう。
 そう思い彩は頷いた。彼女の理解にほっとしたような表情を浮かべた聖は言葉を続ける。

「けれど先日気が付いたのです。玖堂と自然に話している自分に。変に構えることもなく、友人と話をするのと同じ感覚で玖堂に話し掛けている。そんな感覚に少し驚いていると彼女にも言われました。『聖くん、彩ちゃんと付き合うようになってから雰囲気変わったね』って。きっとそれまでの僕は玖堂に自分の気持ちを悟られないようにしながら話をしていたからでしょう」

 神谷聖は恋人である海白彩の瞳を見つめる。

「僕は玖堂を忘れるために彩先輩と付き合い始めたわけではありません。けれども今は彩先輩がいたからこそ今の自分があると信じています」

 あなたは僕にとって、とても大切な女性(ひと)です。
 真っ直ぐな気持ちを打ち明けられた彩の顔は真っ赤に染まった。

「あ、ありがとう。私にとっても聖くんはとても大切な男性よ」

 しどろもどろになりながらも何とか返した彩の様子を見て、聖は楽しそうに笑う。

「くすくす。彩先輩、可愛いですね」

 益々赤くなる彼女に聖は嬉しくなった。
 恋人となった海白彩はいつも自分を見ていてくれる。いや、恋人になる前…自分が玖堂有羽に思いを寄せている頃から見つめてくれていた。
 あの時、僕が玖堂を好きだと知っていたら彩先輩はそれでも僕を見ていてくれたのだろうか。
 ふとそんな事を思い、そしてその思いを否定した。
 いや、どちらでも構わない。今僕の隣りに彩先輩がいる。それだけで充分なのだから。
 神谷聖は思い出したように彼女に願いを伝える。

「彩先輩。クリスマスの日、さっき僕の歌った曲の後に先輩が歌った歌を聴かせて頂けますか?」

 その提案に少し驚きはしたものの了解した彼女は、まだ紅い頬に手を当てながら曲本を捲(めく)り始めた。
 暫くすると聞き覚えのある音楽が流れ始める。
 あの時と違うのは部屋にいるメンバーと、お互いの気持ち。
 彩はそんな事をちらりと思いながら、あの時と同じように、そしてそれ以上に想いを込めて歌い出した。

END

ササゲラレタ ウタ|桜左近

 




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号