夕闇に彩られた公園内の広場では、あちらこちらで宴会が始まっていた。
それを避けるようにして、ドーム状に広がる桜並木の道を海白彩(うみしら あや)と神谷聖(かみや ひじり)の両名が歩いている。
彩は雪のように舞い散る花弁を受け止めようと手を差し出した。しかし桜は彼女に捕まらぬように、ひらりひらりと身を翻(ひるがえ)していく。
そんな様子を見ていた聖は静かに落下する一枚を掌(てのひら)に包んだ。

「彩先輩、知っていますか?舞い落ちる桜の花弁を空中で掴むと願い事が叶うって」
「聞いたことがあるわ、というかそれの為に受け留めようとしていたのだけれど」

でも難しいわね、と言う先輩に彼は手の中にある物を見せて「無欲の勝利でしょうか」と、くすっと笑う。
感嘆しながら彩がそれを手にしようとした時、風が吹いて花弁が舞い上がり仲間の下(もと)へと帰ってしまった。
あっ、と声を上げて残念そうにする彼女とは対照的に聖は静かに桜吹雪を眺めていた。しかし暫くすると僅かに表情を曇らせる。

「来年も僕達はこうして一緒に桜を見ることが出来るのでしょうか」

その寂しそうな声に彩は驚いたように声を掛ける。

「どうしたの、急に」

聖は視線を空に向けたまま言葉を紡ぐ。

「時々不安になるんです。彩先輩が卒業して一緒にいられる時間が短くなったら僕から離れてしまうんじゃないかって」

先輩は魅力的な女性ですからと続ける聖にありがとう、と一言お礼を述べると「でもね」と口にする。

「私だって不安が無いわけじゃないわ。聖くんは素敵な男性(ひと)だから沢山の女性に声を掛けられるでしょう?バレンタインの時だって、何人くらいの人にチョコを渡されたのかしら」

言われた男性は少しムッとしたように言い返す。

「受け取ったのは彩先輩からのだけですよ」
「じゃあ、差し出されたチョコを断った数は?」

この言葉には黙り込んでしまった。具体的な数字を口にするのは躊躇(ためら)われたし、だからといって嘘をつきたくもなかったからだ。
本当に断った人数を知りたかったわけではない彼女は、微笑みを崩すことなく言った。

「あくまで想像で不安がる聖くんより、実際そういう状況を見ている私のほうが辛いんじゃないかしら」

辛いと言いつつ、そんな感情は微塵も感じさせない彩につられるように口元を緩めた。

「つよいんですね、彩先輩は」

言われた本人は、その言葉に驚いた表情になり否定をする。

「別につよくなんかないわ。ただ身近に手本とする人達がいるから少し楽観的になれるだけ」

彼女は視線を反らし遠くを見つめる。

「身近…?有羽(ゆば)と伊藤先輩のことですか?」

思い当たる人の名前を挙げて尋ねる彼を見ることなく、海白彩は頷いた。

「そう。あんな関係を築けたらいいなって」

いくら隣り同士でもちゃんと時間を合わせないと顔を見ることも難しいものね。
そう続ける彼女は先程と同じ方向を向いていた。さすがに怪訝に思った彼が声を掛ける。「先輩、何を見ているんですか」と。
あっさりとした口調で答えられた「私達のお手本さん」という言葉の内容を神谷聖は一瞬考えてしまったが、一拍遅れて自分のクラスメイトと二学年上の先輩の名前を口にした。
彼女はそれを肯定すると恋人達の存在を手で指し示す。その先を辿(たど)っていくと確かにそこには今話題に上っていた二人がいた。
ちょうど男性が女性を抱きかかえたところで、突然の光景に彩と聖の時間が止まった。

「…彩先輩は、あれがお望みなんですか」

呆れたような声で問う後輩に、慌てて否定をする。

「違う違う。私が望んでいるのは二人の関係であって、行動じゃないわ」

そりゃあ、されて嫌だって事もないけれど。だからといって改まって頼むのも変だし…。
何やら言い訳じみた独り言を口の中だけで言葉にしている。
そんな先輩を見て小さく笑うと、聖は彼女の手をそっと掴む。
言葉を止めて彼をにこやかに見つめ返した彩の目の前に桜の花弁が差し出された。
いつの間に、と軽く瞳(め)を開いた女性の掌にその一枚を乗せて握らせると、自分の両手で包み込む。

「その願い事はいつか叶えて差し上げます」

耳元で囁かれて彩は体温が急上昇していくのを感じた。
久し振りに彩先輩が赤くなるのを見ましたと意地悪く言う聖を軽く睨むと、彼女は諦めの表情を浮かべてその胸にもたれかかる。

「聖くんには敵(かな)わないわ」

そっと呟く愛しい女性を優しく抱き締め、腕の中に自分のものではない温かさを確認する。それを幸せだと神谷聖は感じていた。
風が強く吹いて数え切れない程の桜花弁が舞い上がっていく。
見上げた眺めに誘われて、海白彩は握っていた掌を開くと願いを空へ還す。
ふわり、と浮いて溶け込んでいった行方を眺めながら未来も共に歩いていきたいと望みを託す。そして大切な人を視界に納めると笑顔になった。
幸せそうに微笑みあう彩と聖の周りを桜の花が彩りを添えていた。
それはまるで恋人達を祝福しているかのように。

 

END

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字守-アザナカミ-


彼は残す。その智恵を、勇気を、力を、残す──
彼は言う。『死』は人生の終わりではなく、真価が問われる始まりなのだと。
私はつなぐ。彼の意志を、経験を、その命を──未来の人達へ

人は、自分に足りないものを補い合うために出会い、愛する。そして、必ず別れる──

男女の成長物語を恋愛ファンタジーで綴ります。時には楽しく悲しく甘く、そしてシリアスに。

目次

■第1話 謎の招待状
SCENE1:ざわつく心 / SCENE2:アクシデント / SCENE3:恐怖の始まり / SCENE4:出会い / SCENE5:飛行機ごっこ / SCENE6:記憶、力の暴発

■第2話 魄と朧と鬼と人形リーズ
SCENE7:意外な真実 / SCENE8:準備 / SCENE9:興味 / SCENE10:必要なこと / SCENE11:リーズという存在 / SCENE12:賭け / SCENE13:秘密

■第3話 鬼が消えた日
SCENE14:出発前 / SCENE15:出迎えた者は? / SCENE16:かわいい天使 / SCENE17:未知なる体験 / SCENE18:流天vs字守 / SCENE19:鬼の血

 

Len*Ren

・・・15歳以上推奨作品
■・・・全年齢対象作品(新作順)

 

短篇集

僕の初めては113秒。
R18作品目次
君がいたから
女という性、紅の血
麗らかな恋の花

 

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