「智孝さん、次はあれに乗りませんか?」
船に乗りコインを泉に投げ入れるという恋人に人気の室内アトラクション、私はそれを指差した。

「スピーカーから聞こえてくる声に従ってコインを投げて下さいね」
乗物に乗り込んだ私達に、係員がそう注意を促しながらいくつかの銀色のメダルを備え付けの器に入れてくれた。

船が動き出すとアナウンスが流れてくる。
『これからこの船はいくつかの泉を巡ります。その泉は願いを込めてコインを投げ入れると叶うと言われています。皆様の願いが叶いますように』
私はこのアトラクションに乗るのは初めてなので、その楽しみと智孝さんと一緒にいる嬉しさでドキドキしていた。

薄暗い中を進んで行くと明るい場所に出る。
青色のライトで照らされた水が光を反射し、揺らめきながら辺りを染め上げていた。
「きれい…」
「何だか水の中にいるみたいだな」
そんな会話をしていると声が『学問の泉』だと教えてくれた。
それを聞いて、期末テストを控えている身としては遊びだと判っていても、つい力が入ってしまう。
それがいけなかったのか智孝さんは最初に投げたコインが泉に入ったのに、私は何度チャレンジしても逸れてしまった。4枚目を使用した後に船は方向を変えてしまい、それ以上は投げられなかった。

「彩、気にするな。入るかどうかなんて運なんだから」
私がよほど気落ちしているように見えたのか、智孝さんは優しくそう言ってくれた。
「でも…。…期末テストが…」
口の中だけで嘆いているとその独り言が聞こえたようで
「テスト勉強なら俺が見てやるよ。それとも俺じゃ不安かな」
「いいえ。あの…ぜひお願いします」
コインは入れられなかったが、そのおかげで智孝さんと一緒に勉強する機会を得られたことに喜ぶ自分を我ながら現金な性格をしているな、と心の中で苦笑する。

そんなことを考えているとオレンジ色に包まれている風景に気が付いた。
『ここは「夢の泉」です。あなたの夢は何でしょうか。それを心に思い描(えが)き、コインを投げ入れて下さい』
ゆめ…。
私の夢…。それは───。
ちらりと智孝さんを見る。ちょうどコインを投げようとしたところで目が合い、彼はにっこりと微笑んだ。
その笑顔に自分の想いを見透かされた気がして、智孝さんに言われるまでメダルを握り締めていた。
「彩、投げないのか?」
「え?…あっ!」
慌てて投げ始める。船が方向を変えるギリギリ前でコインは水飛沫(みずしぶき)を上げて、泉の中へ姿を消した。

「ありがとう、智孝さん。危うく願いをかけ損ねるところでした」
ほっと息を吐(つ)きお礼を言う。
「随分と一生懸命願いを込めていたみたいだけど、彩の夢って何?」
真っ直ぐな瞳が私を捕らえる。
けれど想いを口にすることは出来なかった。
「…願い事って人に話すと叶わないんですよ」
そう言って逃げたが本当は言葉にするのが恥ずかしかっただけだ。想うだけでもこんなに鼓動が早まるのに、それを本人を前に言うなんて考えただけでも顔が赤くなる。
「そうか。じゃあ聞けないな」と軽く頭を掻き、彼はさほど残念がることもなく笑顔のままそう呟いた。
私は自分の夢を話さずにすんだ代わりに智孝さんの願いを聞くことは出来なくなった。それはとても残念なことではあったが、何かを守れば何かを代償にしなければならないものだ。
もちろん智孝さんが自発的に教えてくれれば良いのだけれど…。
自分を棚に上げてそんなことを思った。

『「幸運の泉」の前に来ました。ここではコインの願いを叶えられなかった場所のやり直しが可能です。そしてあなたの運の強さが試される泉でもあります。頑張って下さい』
突然のアナウンスに驚いたが名称と効能を耳にして、1枚だけメダルを手に取る。
淡い黄色の光を受けて泉は月のようにも見えた。
その月に運を投げ入れる。
私の手から離れたコインは綺麗な半円を描いて泉の中へと吸い込まれていった。その光景に「やっぱり…」と呟く。
「思った通りだな」
隣りから独り言が聞こえた。智孝さんを見ると彼もこちらを見つめている。
「何が?」
全く同時に同じ質問を相手にした。そのタイミングの良さにどちらともなく笑い出す。兄弟だってなかなかこの様にハモれないだろう。
「いや、やっぱり俺は運が良いんだなって思ってさ」
ひとしきり笑った後にそう教えてくれた。智孝さんも1回でコインを入れられたのだろう。
彼の言葉は私の意見と全く同じだった。それが嬉しくて頷きながら言葉を返す。「私も同じです」と。

智孝さんと出会い、今一緒にいる。
それはとても幸運なことだろう。心から信頼しあえる男性(ひと)に逢えたのだから。

私達が互いに笑い合っている間にも船は水の上を滑るように移動を続け、
『最後の泉に到着しました。ここは「愛情の泉」と言われています。与える愛、受け取る愛…。あなたはどんな愛を望むのでしょうか』
周囲を桃色に染めた空間に入り込むと声はそう告げた。
その言葉に少しだけ考え込むと色々な想いを泉に託す。
何枚もコインを投げる私に笑いながら智孝さんがからかうように言った。
「ここが最後だからってそんなに入れなくたって良いんじゃないか?それとももっと愛が欲しいとか」
船は方向を変え、泉を後にする。
「いいえ、そうではなくて。愛情にも色々あると思うんです。家族愛だったり友愛(ゆうあい)だったり。恋人への愛も大切でしょうけれど、こういった愛情も必要ですから」
愛が沢山欲しいなんて、私って欲張りなんでしょうか。照れたように笑いながら茶化すと優しい笑みを浮かべて彼は
「彩はちゃんとした考えを持っているんだな。そうだよな、愛は恋愛だけじゃない。やっぱり彩は素敵な女性だ」
私の意見に同意してくれた。自分の考えが全てではないと思っている私にはその言葉がくすぐったかった。もちろん嬉しいことに変わりはないが。

アナウンスが終了間近な事を伝えてきた。
『この船はまもなく岸に到着します。願いは待っているだけでは叶いません。行動して初めて叶えることが出来るのです。皆様の願いがいつか叶いますよう祈っています』

何故このアトラクション『願いの舟』が人気なのかが判ったような気がする。「願い事」を通して自分の気持ちを見つめさせる、そんな場所だから。
ずっと智孝さんと未来を共有していたい。
いままで以上にそう望むようになった。

この手の温もりを離すことなく一緒に歩いて行こうね、智孝さん。

END

『願いの舟』|桜左近




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号