「感情や感覚は言葉にして初めてわかるものなんだ。だから、言葉を失うと、感覚そのものがわからなくなってしまう。魄は言葉を喰らう存在だと思えばいい。この『言葉を守る』という意味合いもあって俺達は『字守』とも呼ばれているんだ」

 100名程が入れる教室の中、晟は智孝の講義を有羽と一緒に受けていた。講義が始まる前に渡された、先日のイベントホール事件の詳細が載っている端末に目を通す。
 セキュリティーシステムや空調設備、いわゆるコンピューター電気関係の故障という名目で、事件は闇に葬られた。死傷者が出たのだから警察が放っておくわけないが、表向きはそうしておかなければならない。科学では説明のつかない不可思議現象は、それを専門とする組織が闇の中で解決すればそれで問題なしなのだ。
 一般の人が知りえる情報は、「これは酸素分圧を利用した殺人事件であり、システムを操作した犯人がいると予想され、警察でも捜査を続けている」ということだった。

 当事者がインターネットなどでその時の事実を流したりしているが、国がそんなものを相手にするはずは無く、噂として世間に浮いていた。

 次に被害者となった人達の顔写真と名前を見る。
【東原勝(ヒガシバラ マサル)46歳、田中美由紀(タナカ ミユキ)32歳、居栗純子(イグリ スミコ)26歳、中村良史(ナカムラ ヨシフミ)25歳、伊藤咲(イトウ サキ)22歳、寺西飛鳥(テラニシ アスカ)20歳……】

 あの赤いドレスを着た女性は『イグリ スミコ』というバイオリニストだった。
 もちろん、この女性とは面識もなければ共通点もない。あるにはあるが、あまり関係ないように思える。
『スミコ』という名前の響きが、自分の母親と同じということだけだ。そんなによく見る名前ではないかもしれないが、同じだったとしても珍しくはない。それよりも、気になることが晟にはあった。

 あの時、有羽が俺を呼んだらなったよな。赤いドレスの女性に異変が起きた、あの時に。名前と事件を結び付けるとしたら、こちらの方が何かしらつながりそうだ。既に過去の人となってしまっている母親の名前との一致よりも、現在、自分を呼んだ人物がその異変をもたらし、終わったと同時に今度は自分自身に異変を生じさせた人の方が関係性は濃いだろう。
 でも。

 智孝の声をBGMにして、有羽を見つめる。彼女とは事件で初めて会ったし、自分との共通点も皆無に等しかった。倒れたのも何が原因か、本人にもわからないという。それに何より、ここ数日見てきた彼女の行動は、怪しいどころか親しみすら感じるものだった。今も有羽は何が楽しいのか、ニコニコとしながら授業を聞き、時折頷いている。

「例えば『痛み』という言葉だと、一見ない方がいいように思えるが、これがないと命にかかわることになる。『痛み』は体から発する危険信号だから、これがわからないとまず危険を回避することができない。健康でいようという意識も持てなくなる。人の痛みもわからなくなるので、傷つける人になる」

 そういえば、有羽が倒れた時も『痛い』というよりは『熱い』と言っていた。そして、その後に襲われた急激な睡魔だと。
 今まで自分には起きたことのない現象に、声をひそめて倒れた時のことを再確認する。それから数日後の今の状態を検査結果と共に尋ねてみた。

「あれから、同じようなことあった?」

 有羽はふるふると首を横に振るだけだった。

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言葉で傷つくこともあれば、救われることもある。言葉の力を信じて、文字だけで伝える「小説」で人生をプラスに変えることを使命とするインディーズ小説家。※画像は恋愛ファンタジー小説【アザナカミ】のヒロイン、玖堂有羽です