今の僕の現在最大の関心といえば当然かもしれないがバレンタインデーにある。
 それはチョコがいくつ貰えるかという事よりも、特定の女性から頂戴出来るかという所に掛かっている。
 今までなら義理であろうと誰かに貰えさえすれば良かった。
 けれども今年は違う。
 「義理でも良い」という点は同じなのだが、欲しい相手が決まっているのだ。
 僕の先輩であり、姉さんの親友でもある玖堂有羽(くどう ゆば)さん。
 もちろん本命チョコであるならそれに越したことはないのだが、僕だって自分の身の丈くらい知っている。第一人気者の有羽先輩のことだ、僕が知らないだけでもう彼氏とかいるかもしれない。
 だとしたら、それは一体誰なんだろう?
 少し考えて最高の情報源と一緒に暮らしていることを思い出した。

「そうだ、姉さんに聞いてみよう」

 隣接する部屋の扉をノックして中に入る。

「ちょっと姉さんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「なに?」

 ノートに走らせていた鉛筆の手を止めてこちらを振り返る。
 さすがにストレートに聞くのは恥ずかしいので、ちょっと回り道。
「姉さんは実春(みはる)さん以外にもチョコをあげたりする?」

 実春さんは姉さんと同級生の彼氏。だから僕にとっては先輩なんだけれど、尊敬する人なので『さん』付で呼んでいる。

「どうしたの、急に」

 呆れた表情をされてしまい、返答に困る。

「あー。ちょっと、ね。姉さんは義理チョコとかをどういう基準で選んでいるのかなぁって思って」
「さては翔太くん、チョコを狙っている人がいるのですね」

 ヤバイ・・・。どうして姉さんは時々勘が異様に鋭くなるのだろう。
 でも姉さんは黙ってしまった僕を問いつめたりせずに笑いながら言った。

「義理チョコはね、お世話になっている人にあげているわ。義理という名前が付いているけれど、私は感謝の意味を込めて渡しているわよ」

 それから思い付いたように
「そうだ。翔太も感謝の気持ちとして何か渡してみたら?そうすればその人に自分の想いを伝えられるでしょ?」
 それじゃあ僕が有羽先輩に恋心を抱いているのが皆にばれちゃうじゃないか。ん?でも皆にあげれば姉さんの言うようにあくまで『感謝』として受け取ってもらえるって事か。それならいいかも。
 ただ、どんなものを渡したら良いのか思い付かない僕は質問を口にした。

「渡すって何を?」
「そうね。さすがにチョコというわけにはいかないでしょうから、クッキーとか……クッキー?」

 姉さん……クッキーが食べたいんだ。うーん、でもなあ……。

「僕、クッキーなんて作ったことないよ」
「別に手作りする必要なんてないわよ。市販品で十分じゃない。第一、一生懸命作って上手くいかなかったんじゃ悲しいしね」
「それって実体験?」

 姉さんを包む雰囲気が変わった。表情(かお)は笑っているのに目が笑っていない。

「わかった、そうだね、クッキーが良いよね。ありがと、姉さん!」

 お礼を言いながら逃げるように自室へ戻る。
 つい口を滑らせてしまったことを後悔した。せっかく姉さんに有羽先輩の彼氏が誰なのかを聞こうと思ったのに。
 仕方がないと、今得た情報を実行するべく準備をすることにした。

 

 そして迎えた2月14日。
 放課後、いつも皆で集まる部屋へ向かった。
 雑用が出来てちょっと遅くなってしまったけれど、大丈夫かな。
 少し不安を抱きながら扉を開けると全員揃っていた。
 特に有羽先輩が帰ってなかったことに胸を撫で下ろし、鞄と小さな紙袋を机に置く。
 すると僕を見てにっこり微笑んだ有羽先輩に心臓が跳ね上がった。突然の事に戸惑っていると

「さて、全員集まったことだし恒例の有羽ちゃんプレゼントを差し上げちゃいますね」

 先輩の声が部屋の中に響いた。そして沸き起こる男性陣、というか晟(せい)先輩と遼太郎(りょうたろう)先輩達の拍手。
 び、びっくりした。一瞬ちょっと勘違いしちゃいそうになったよ、もう。
 皆に気付かれないように、そっと胸を押さえる。
 まあ男性陣の視線は有羽先輩と姉さんの手に注がれているので大丈夫だと思うけれど。
 姉さん達は一人ずつにチョコを渡しながら一言添えている。

「晟、いつも明るい存在でいてくれてありがと。今後もよろしく」
「遠藤くん。樫倉(かしくら)くんとの掛け合いがとても楽しいわ。これからもよろしくね」

 という感じだ。
 そして待ちに待った僕の番。

「翔太くんはみんなの弟的存在だから、これからもそんな翔太くんでいてね」

 ……言葉はどうあれ、憧れの有羽先輩からのチョコ。受け取る手が微かに震える。
 すると姉さんが近寄ってきて僕に耳打ちした。

「ほら、翔太。あなたも渡すものがあるんじゃないの?」

 そうだった。
 僕は机の上に置いた紙袋を手に取ると
「実は僕からも皆さんに渡したい物があるんです」
 それを掲げるようにして振り返った。

 怪訝な表情が向けられる中、紙袋からクッキーの入った小袋を取り出し
「いつも皆さんにはお世話になっていますので、感謝の気持ちです」
 まずは有羽先輩。緊張したけれど何とか渡すことが出来た。でもその時驚きの笑顔と共に言われたお礼の「ありがとう」に僕の心臓は爆発寸前だった。

 慌てて他のメンバーに渡すため、その場を離れる。
 気を取り直して尊敬している実春さんの前に来た。

「はい、実春さん」
「翔太に貰うのも変な感じだな。でもありがとう」

 あれ?実春さんの持っているのって皆と同じチョコだ。姉さんはあげなかったのかな?……あ、そうか。後で渡すんだ。
 そうかそうかと一人で納得しながら晟先輩にも差し出す。

「はい、どうぞ」
「うーん、何か、あれだよな。何で感謝を表わそうって日が今日なんだって感じ。ホワイトデーにしておけば良かったのに」

 だって有羽先輩に貰ってもいないのに、渡したら変に思われるじゃないか。ならバレンタインデーに渡した方が勘違いしているだけに見えるし。

「そうそう、これじゃあ一部の女子が喜ぶ設定でしょ」

 遼太郎先輩がクッキーを受け取りながら笑う。
 喜ぶ?
 何のことか判らないまま次の先輩に渡す。

「聖(ひじり)先輩もどうぞ」

 すると聖先輩がクッキーと一緒に僕の手を握りにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、海白くん。君からのプレゼントなら僕はいつでも歓迎だよ」

 ……ええっ?
 固まった僕の後ろから晟先輩の声が聞こえてくる。

「聖……。お前、そうだったのか?」

 硬直している僕の手からクッキーの袋を取り出し、聖先輩は涼しい顔で言ってのけた。

「どうしたの。冗談に決まっているじゃない」
「お、お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ!」

 遼太郎先輩がびっくりしたと大きな息を吐き、叫んだ。
 ようやく我に返った僕は慌てて後ろに下がる。一部の女子が喜ぶって、こういう状況の事かと少しだけ理解した。
 聖先輩は端正な顔つきをしているから微笑まれると男の僕でさえドキドキしてしまう。きっとその笑顔で沢山の女性を惑わしてきたんだ。きっとそうだ。罪な男なんだ、聖先輩は。
 心の中で悪態をつくと最後の一個を姉さんに渡すべく紙袋に手を入れた。
 あれ、無い?
 紙袋の中を覗き込んでも小袋は存在していなかった。

 どこへ行ったのだろうとキョロキョロしていると
「翔太くん、捜し物はこれ?」
 有羽先輩が差し出した手にはクッキーの袋が鎮座していた。

「あ、ありがとうございます。有羽先輩」

 受け取ると、皆に渡したそれらとは明らかに違う手触り。恐る恐る袋を確かめてみる。
 先程の聖先輩の冗談に驚いた時、床に落ちてしまったのだろう。粉々とまではいかないまでも完全に割れているクッキーの感触に、どうしたものかと振り返った。
 姉さんは苦笑しながら「それでいいわ」と受け取ってくれた。
 その様子を見ていた聖先輩が申し訳なさそうに自分の袋を差し出す。

「海白先輩。僕のと交換して下さい。そうなってしまった責任は僕にあるんですから」
「いいのよ、別に。それは翔太の感謝の気持ちなんだから神谷くんが受け取って。私は翔太とは姉弟(きょうだい)なんだし、第一多少壊れていたって味は変わらないしね」

 笑顔で申し出を断る姉さん。さすがだなぁ。
 そんな感じで和やかに仲間イベントは終了した。

 外には夕闇が広がっている。
 いつもと同じ寒さだったけれど、今日は心がとってもあったかい。
 一人になると自然と顔がにやけてくる。鞄の中には有羽先輩からのチョコレート。そう思うだけで幸せを感じていた。

「翔太くん」

 幸福感一杯に歩いていると誰かに声を掛けられる。辺りを見回すと脇道に有羽先輩がいる事に気が付いた。

「有羽先輩。珍しいですね、こんなところで」

 今日は最高に良い日だ。そう思いながら先輩のもとに近付く。
 すると笑顔を少し曇らせて俯くと、言いにくそうに

「あのさ、さっき渡したチョコ、返してくれる?」

 ─────!?
 天国から地獄。最高から最悪。現実から夢幻(ゆめまぼろし)
 そうか、僕は義理チョコですらあげたくない存在なんだ。
 目の前が真っ暗になりかけて、何とか踏み止まった。
 でも、それでも束の間は最高の夢を見せてもらったんだ。期待だけを先伸ばしされるよりもずっと良いはず。
 そう自分に言い聞かせて鞄の中からチョコを取り出す。
 有羽先輩はそれを受け取ると、代わりに綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
 もしかして、これは噂の代理渡し人?
 もう自棄(やけ)だ、何でもやってやる。

「判りました。で、これを誰に渡せばいいんですか?」

 有羽先輩がきょとんとしている。それから驚いたように

「ち、違うよ。これは翔太くんにあげるの!」

 顔が朱色に染まっている。

「初めてあげるチョコはあんな記念品みたいのじゃなくて、ちゃんとした物って決めていたの。だからさっきのは返してもらったの!」

 つまりこれは僕宛で……。

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 辺りに響き渡る大声に自分でびっくりした。

「じゃあこれは有羽先輩が僕のためにくれるチョコなんですか?」

 大きく頷かれる。
 地獄から天国、最悪から最高……いやそんなことよりも。
 差し出されている箱を大切に手にする。

「僕、有羽先輩にはもう彼氏がいるんだと思っていました。だからチョコを貰えないと思っていたのに、たとえイベントでも有羽先輩に直(じか)に手渡しされたという事がすごく嬉しくて。その幸せに浸っていたら今度は返してって言われて僕には義理でもあげたくないのかなと不幸のどん底に落っこちて、最後に最高の報告を受け──って、あれ?有羽先輩、僕にチョコをあげるとしか言ってないや」

 いつもの早とちりかも。
 そっと有羽先輩を見るとくすくす笑っている。

「本当、翔太くんってきまらないよね。そこが翔太くんらしいけど」

 ひとしきり笑うと、すっと顔を上げて僕を見る。

「私は翔太くんが好き。もしよければ私と付き合って下さい」

 多分今の僕は有羽先輩に負けず劣らず顔が真っ赤になっていると思う。
 寒風の中に立っているのに身体が熱い。

「こ、こんな僕でよろしければ、こちらこそよろしくお願いします」

 互いに見つめ合うとどちらともなく噴き出した。

「この寒さの中、二人して顔を真っ赤にしてるのって変だよね」
「本当。普段通りにするって大変なんですね」

 しみじみ言った僕の言葉にまた笑う有羽先輩。
 初めて貰ったバレンタインチョコレート。それをくれた女性に初めて告白されて、その人が初めての彼女。
 初めてづくしで僕の思考回路はショート寸前、と言いたいけれど実はショートしっぱなし。
 2月中旬。寒さの厳しい季節に見つけた暖かさ。
 僕にもついに春が来ました!

END

今年こそチョコが欲しい!|桜左近

 




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号