はあ~~~~。
 放課後、教室に戻ると机に突っ伏すようにして大きな溜め息を吐いているクラスメイトに遭遇した。

「どうしたの?」

 近付き、そう声を掛ける。
 顔を上げた彼女が僕の顔を見上げると

「あ、聖くんか。ん…あのね。彩ちゃんのことなんだけどね、何か最近元気が無いみたいで心配しているんだけど…理由を教えてくれないんだ。だから私ってそんなに頼りないかなって思ったら少し落ち込んじゃって、さ」

 彩ちゃん。
 海白彩。溜め息を吐いている彼女、玖堂有羽ととても仲の良い先輩だ。

「先輩だって人に言いたくない悩みがあるんだと思うよ」

 僕が一般論を口にすると

「うー、それは判っているけど。でも…」

 口を尖らせて反論する。
 頼られたい、そう思っているのだろう。でもそれは、時に独り善がりになりかねない。

「じゃあ有羽はどんな悩みも晟や先輩に打ち明ける?」
「それは……」

 僕の質問に絶句した有羽は、先程より大きな溜め息を吐いた。

「そうだね、人に言えないこともあるよね」

 がっかり。そう表現するのが一番しっくりくる雰囲気で立ち上がると、のろのろと鞄を手に取り扉に向かう。
 その後ろ姿に声を掛けた。

「有羽。先輩にとって君の笑顔は救いになっているはずだよ。だから、今まで通りに接するのが一番だと思う」

 僕が君の笑顔に救われたように。

「―――ん、わかった」

 じゃあねと告げると肩を落としたまま廊下をとぼとぼと歩いていった。
 僕も帰るかと机の中のノートを引っ張り出すと、同時に何かが転がり出てくる。何だろうと床に落ちたそれを拾い上げると、包装紙に包まれた四角い箱。
 ……そういえばバレンタインデーか。
 ようやくその事に気が付いたのは女性の名前が書かれていたのと、包装紙を止めているシールがバレンタイン仕様だったからだ。
 最近までは自分には関係の無いイベントだっただけに、未だに馴染まない。
 そんな事を思っていると後ろから

「あれ? 有羽いないの?」

 声がした。振り返ると親友、樫倉晟が扉から顔を覗かせて中を伺っている。

「たった今、帰ったよ」

 そう答えると僕も帰るために鞄を手にする。
 廊下を歩いていると「神谷先輩」と声を掛けられた。見ると女の子二人組が俯きながら互いを小突き合っている。ようやく決心したのか

「あの…。これ、受け取って下さい」

 と箱を差し出してきた。少し驚きながらも僕はお礼を言いながらそれらを受け取ると、彼女達は慌てたように廊下を走り去っていった。
 ……何か変な事したかな。
 二つの箱を手に首を傾げていると

「お前さ、そうやって誰のでも受け取って先輩に悪いと思わないわけ?」

 またも後ろから親友の声がした。

「どうして?」

 振り返りざま疑問に思ったそのままを口にすると、晟は少し怒ったような顔で「いや、別にいいけどさ」。溜め息を吐く。
 何故僕がチョコを受け取ると三年生が気を悪くするのだろう。
 判らない事だらけだが今の晟に聞いても教えてくれなさそうなので黙っていることにした。

「しかし、聖って本当モテるよな」
「モテているわけじゃないと思うよ。多分…パンダなんじゃないかな」

 並んで歩きながら呆れたように言う親友に僕は肩を竦(すく)めた。
 ナニイッテルノ、オマエ。
 晟の顔がそう云っていたので付け加える。「見せ物って事だよ」。

「見せ物ってことは無いだろう。っていうかパンダなんて言い方、普通するか?」
「しないだろうね。僕も今思い付いただけだし」

 それにしたって発想が古いだろー。笑う晟に少しだけ安心感を覚えた。
 バレンタインという特殊なイベントのある日も、日常と何ら変わりはないのだと。
 どうもまだ慣れない事があると、まるでその日だけを浮き彫りにしたように珍しく感じてしまう。
 校舎を出ると有羽が待っていた。先程の気落ち姿は何処へやら、にこやかな笑顔で迎えてくれる。勿論僕ではなく、晟を。
 きっと先輩の悩み事が判ったのだろう。そしてそれが解決したか、もしくは相談に乗ることが決まったか。そんなトコロじゃないだろうか。

「それじゃあ」

 恋人達の邪魔をするほどバカじゃないし、第一そんな度胸もない僕は二人に挨拶をすると帰路についた。
 角を曲がると前方に海白先輩が歩いているのが見えた。しかしその後ろ姿は先程教室から出ていった有羽と同じくらい寂しそうな雰囲気だ。
 どうやら彼女の悩みが解決したのではなく、相談に乗れたことが有羽の喜びだったようだ。
 悩んでいるらしい先輩の歩みはすごくゆっくりだったので、普通に歩く僕が追いついてしまうのは当たり前のことだった。そのまま無視して横を擦り抜けていくのは気が引けたので声を掛ける。

「先輩」

 返事をして振り返った先輩は微笑んでいた。そして僕の顔を確認すると驚いた表情になる。
 ああ、そうか。
 海白先輩は僕が晟に教わった『笑顔の効果』を実行しているから人当たりがいいんだ。でもずっと笑顔で居続けると悩みがあることすら判ってもらえないのに。
 そんな事を思った。

「何か悩み事があるんですか? よかったら相談に乗りますよ」
「え?……あ、いいの。悩みなんて、そんな大層なものじゃないから」

 驚いた顔のまま首を振る。
 それから慌てて「というか、そんなに悩みがあるように見える?」と取り繕う先輩に有羽から聞いたと話した。

「そう。あ、でも大丈夫だから気にしないで。本当、悩みなんて呼べるものじゃないんだから」

 頬を上気させて力説する先輩は、何だか可愛らしかった。それは少し前、有羽に感じていた想いにも似ていて、そして違うものだった。
 温かい気持ちが心を占めていく。

「判りました。もし僕が力になれることでしたら何でも相談して下さい」
「ありがとう」

 晴れやかな表情とはこういうことを云うのだろう。陰りの消えた先輩の笑顔は見ているこちらも幸せにする。
 不思議な感覚。
 そうこうする内に駅に着いた。互いの家が逆方向のため改札前で別れることとなる。

「それじゃあ、神谷くん」
「さようなら」

 短い挨拶を交わすと定期を取り出すため、鞄に入れた手を抜いた。
 カタン。
 乾いた音が耳に届く。見ると小さな箱が転がっていた。先程後輩から受け取った箱の一つだ。

「あ…」

 僕と先輩の口から小さな言葉が漏れる。
 二人の動きが止まったのは多分ほんの僅かな時間だったと思う。けれども僕にはそれが長い時間のようにも感じた。
 先に動いたのは先輩だった。箱を拾い上げると埃を払うように軽く叩き「はい」と僕に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 受け取ると海白先輩は「じゃあ、またね」と軽く手を振り、改札を通り抜けていく。
 箱を手に僕はその場に立ち尽(つく)していた。
 自分の気持ちに気が付いてしまったから。
 改札を通ると発車を告げる音が鳴り響いた。今から急いでも間に合わないし、走る気もなかった僕はゆっくりと歩を進める。
 ホームに立つと電車が去った後の閑散とした感じが漂っていた。
 先輩にバレンタインの箱を拾ってもらった時、何故これが先輩から渡されたものではないのだろうかと思った。
 バレンタインデーなんて何の興味もなかった。それなのに、今初めて特定の女性からプレゼントされたいと願う。
 身勝手な想いに自嘲した。けれどもそれが今の素直な気持ちだ。
 冷たい風がホームを通り抜けていく。辺りはもう真っ暗で春はまだまだ先の季節だ。けれど、僕の心には小さな温かい光が灯り始めていた。

END

恋人未満|桜左近

 




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インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号