短編小説

優しい人になるために

 もしかしたらと思った。  もしかしたら、優しい人っていうのは、たくさん傷ついてきた人かもしれない。  感受性が豊かで、たくさん傷ついてきたから、人の痛みをたくさん知っていて。だから自分が「痛い」と思った言葉を人に言わな…

私は『悪』になる

「ヴィル様、いつも楽しそうですね」 少女が言った。 ヴィルと呼ばれた男は、少女の言葉に対してなのか、はたまた目の前にある一畳ほどの鏡に映るものを見てなのか、不敵に笑う。 「私の正義は彼らのそれとは正反対だからね。正反対の…

契りの果ては

「かーごーめ かーごーめ かーごのなーかの とーりーは いーついーつ でーあーう……」 侍が河原に腰を落とし、懐かしむような哀しむような気を纏いながらゆっくりと唄っていた。 傍らで草を踏む音が鳴り、続いてまだ幼さを残した…

15個のカノジョ

僕たちは二人で一人の作家であり クリエイターであり エンターテイナーだ   僕が目を瞬かせて見つめれば、彼女はまばたき一つせずにじっと見つめる 僕がぼーっと空を見上げれば、彼女はじっくりと現実を見る 僕が小さなことに感動…

廃棄処分にして下さい。

 私は、欠陥品だった。  欠陥品というと聞こえは悪いが、ある一定の水準までは達しているが、まだ改善の余地ありと判断されるレベルのものだ。  私は、人との触れ合いが激減し、その感覚や感情を認識させることを目的として造られた…

僕の初めては113秒。【完】

また電車がせわしなく人を吐き出し、飲み込んだ。 反対に僕はゆっくりと鉄格子をつかみながら膝を落とした。肝心の「では、どうすればいいか?」がわからず、頭に大きなおもりがあるみたいだった。重くのしかかり、苦しい。 ドサリと鞄…

僕の初めては113秒。④

 それから僕は生きることも死ぬこともできなくなった。生きることも死ぬことも怖くなった。  あの男のように飛び降りたとしても、今の僕ではこう言われるだけの価値しかない。 「どこか違う所でやれよ」  一時いっときは話題になる…

僕の初めては113秒。③

 それは強い衝撃だった。  外部から物理的にというよりは、内部がめまぐるしい速さで動いているようだった。  頭に心臓があるのではないかと思うほどの鼓動が激しく高鳴る。緊張で汗をかく。手は微かに震えていた。  人が、死んだ…

僕の初めては113秒。②

 その後男がどうなったのかはわからない。もちろん、ニュースにも載ってない。次の日にもう一度訪れたが、何の変哲もなかった。警察が『立ち入り禁止』の境界線を貼ることもなければ、以前と変わらぬ静けさを保っていた。  もしや、あ…