作家にとって書く意味は必要だけど、その答えまでを見せる必要はない

ブロガーを長いことやってると、小説の中に「この作品を書く意味」を入れないとマズいのではないか? 読まれないのではないか? と思うことが多い。
けれど、そんなん取っ払って「自分のために」書く小説があってもいい。
まず、自分のために書く。
そうしないと「読まれること」を意識するあまり書きたいことが書けなくなってしまう。
すると今度は書いててつまらなくなってくる。
 
作家にとって「書いててつまらない」なんて状態は致命傷を負うようなもの。
書きたいことがあったはずなのに。
確かに、たくさんの人に読んでもらいたいという気持ちはある。
でも、自分が書いててつまらない小説を、読者さんが果たして面白いと思うだろうか?
最近、自分以外の作家さんの作品を読んで、純粋に皆は天才だと思った。
楽しんで書いてるから。
自分の作風に合わない人はいる。万人に受ける小説なんてものは存在しないのだ。
 
その自分のために書いた小説が万人には受けずとも、自分にとって最高であれば、同じように最高だ!と言ってくれる人は現れる。必ず。一人でも。
そうしたら今度は、その人を楽しませることに意識を向けると、どんどんと和は広がっていく。
 
私が小説を書く時、「この作品を書く意味」は必ず持っているが、「答え」は見せない。
「答え」を見せることだけが、読者さんにとっていいか?と問うと、私は「ならない」と思っている。
 
段階にもよるけど、「答え」を見せるだけなんてただクイズをしているのと同じ。指示を待つ人になってしまう。自分で考えることをしなくなる。
自分の頭で考えて自分なりの「答え」を出すことに意味がある。
作品を読んで、考えて出た答えがその人(読者さん)にとっての「答え」なのだ。
その「答え」を見せ合って、自分の世界観を広げるのが、私にとっての楽しみでもある。
 
そんな私は、今日も友達を驚かせるために筆をとろう。

 




Protect Characters―アザナカミ―|season1|目次

■第1話 謎の招待状
SCENE1:ざわつく心 / SCENE2:アクシデント / SCENE3:恐怖の始まり / SCENE4:出会い / SCENE5:飛行機ごっこ / SCENE6:記憶、力の暴発

■第2話 魄と朧と鬼と人形リーズ
SCENE7:意外な真実 / SCENE8:準備 / SCENE9:興味 / SCENE10:リーズという存在 / SCENE11:賭け / SCENE12:秘密

■第3話 鬼が消えた日
SCENE13:出発前 / SCENE14:出迎えた者は? / SCENE15:かわいい天使 / SCENE16:未知なる体験 / SCENE17:流天vs字守 / SCENE18:鬼の血



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ABOUTこの記事をかいた人

役者経験を活かし、自分を見つめることで人生を豊かにさせる方法を伝えるヒューマンディレクター。 「生きる」と「愛」をテーマにした小説を書くインディーズ作家でもある。 webデザインで色んな人のビジネスに関わり、自分の世界観を広げ、子供たちが楽しくビジネスを学ぶ学校を作るのが夢。