三月も半ばとは云え、まだ春には遠い気温が続く。
「(昨日は暖かかったんだがな)」
伊藤智孝(いとう ともたか)は公園のベンチに座りながら空を見上げる。重く垂れ込めた雲は今にも降りだしそうな雰囲気を醸(かも)し出していた。
降らなきゃいいが、と思いながら傍(かたわ)らに置いてある紙袋を横目で確認をすると恋人が来るであろう方向に視線を向ける。
ちょうど玖堂有羽(くどう ゆば)が曲がり角から姿を見せた。智孝と目が合うと笑顔を弾けさせて駆けてくる。

「ごめんね智孝兄ちゃん。待った?」
「いや、そうでもないよ」

隣りに腰掛ける有羽に笑顔を向けると、そう答えた。それから体を彼女とは反対側に捻(ひね)り袋を手にすると
「ほら。今日はホワイトデーだろ」
有羽に差し出した。「わあ、ありがとう」と言いながらさっそく中を覗いている。

「それからこっちはマフラーのお礼」

智孝の手には小さな箱が乗っていた。興味深そうに『それ』を眺めている有羽の手の上に置くと

「開けていい?」

質問には肯定の頷きを示した。

ドキドキしながら開封していく有羽の挙動を、同じ気持ちで見つめる智孝。
白い箱の蓋を開けると、中には彼女の誕生石が納まっている耳飾りが鎮座していた。
それを指でそっと摘(つま)み眺めると、自らの耳に装着する。

「えへへ。似合うかな」

智孝に顔を向け少し照れたように笑う。
まるで宝石が自ら光っているかのように見えた。それくらい佑芭の笑顔が輝いているのだ。
その光景に一瞬息を呑んだ智孝は頬を緩ますと「ああ。良く似合っているよ」。
恋人の賛辞を受けた彼女はお礼を言いながら彼の手を取る。

「智孝兄ちゃんの手って大きいね」

照れ隠しなのか玖堂有羽は時折こうして突飛な行動を起こす。いつものことなので微笑ましく見つめてる智孝の掌をしばらく弄(もてあそ)んでいると

「それに温(あった)かいし」

自らの頬に寄せた。
どうして彼女は自分の理性の壁を崩してしまうのだろう。
伊藤智孝は諦めたように思うと恋人の名前を呼ぶ。

「有羽・・・」
「何?智孝───」

返事を遮るように口で塞ぐ。
今までと同じ軽く触れるキスではなく、彼の想いを表わすような深い接吻(くちづけ)だった。
反応が無く放心したようにそれを受け入れる有羽を心配して、智孝は離れると顔を覗き込む。
顔を赤くして俯(うつむ)く彼女に不安がもたげる。

「嫌・・・だったか?」

恐る恐る聞く言葉に有羽は首を振る。

「ううん、そうじゃなくて。ただ───」
「ただ?」

一度口を閉じると小さな声で、恥ずかしい。そう言った。
突然顔を上げて恋人を睨むように見つめると、頬を染めたまま文句を口にする。

「だって智孝兄ちゃん、いきなりするし。そういう事って前もって言っておいてくれないと心の準備が出来ないじゃない」

唖然とする智孝は有羽の言葉に苦笑した。

「(前もって言ったほうが恥ずかしいんじゃないのか)」

それを告げるより実際に体感させたほうが分かり易いだろう。それに有羽の色々な表情を観察出来るだろうし。
智孝は秘めた企みを実行した。
右手を彼女の頬に添えて「有羽、お前を愛している。俺にはお前が必要なんだ。ずっと傍(そば)に居てほしいし触れたいとも思う。だから・・・いいかな」
有羽の様子を伺うと赤い顔を更に赤くして慌てている。
「やっぱり駄目ー!今のナシ。言わなくていいから!!」

バタバタする彼女に我慢できなくて噴き出した。
突然笑い出す男性を怪訝な表情で見る有羽に
「ごめん。ちょっとからかい過ぎた」
と謝る。

「からかったって・・・。じゃあ今の、嘘?さっきのキスも?!」

どうしてそういう結論になるのか。今度は智孝が驚く番だった。
静かに首を振り、まっすぐ有羽の瞳を見つめる。

「いや。確かにからかったのは事実だけど言った言葉は本当だし、キスだってわざとしたわけじゃあ無い」

それから強く彼女を抱き寄せると耳元で胸の内を告白する。

「有羽に、もっと強く触れたいとずっと思っていた。でもそれをしたらお前が嫌がるんじゃないかって考えると出来なかった。俺に出来る事といえば一線を引いてお前と接することだけだった。なのにそれは有羽が俺の手をお前自身の頬に当てただけで崩壊してしまった。───ごめんな、有羽。こんなにも意志の弱い俺がお前の恋人で」

吐露していく伊藤智孝の身体が、玖堂有羽の両手で抱き締められた。

「私は智孝兄ちゃんの恋人で後悔したことなんて一度もないよ。いつも一緒にいられて楽しいし、すごく嬉しいから。だから智孝兄ちゃんも自分の行動で私が傷つくなんて思わないで。智孝兄ちゃんがそんなことで不安になっていたら、迷惑ばっかり掛けている私はどうするの?」

心配しなくて良いと強く見つめ返す有羽が恥ずかしそうに

「・・・今ならいいよ」

言っている意味が解からなくて「えっ?」と聞き返す。

「もう!──だから、その・・・」

ようやく理解をした智孝は安心したように微笑むと有羽に顔を寄せた。
受け入れる彼女も静かに目を閉じる。
一度、ついばむように軽く唇に触れ、互いの愛情の深さを確認するかのような接吻(くちづけ)を交わした。

END

2月14日|桜左近

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Novel

99.7

音楽と共に選択肢によって進めるストーリー展開となっています。「アザナカミ」の世界観や主要キャラクターを知ってもらえればと思います

 

字守(旧ver.)

❚あなたの生きる意味は、必ずあるよ。

彼は残す、その力を、勇気を、智恵を。
私はつなぐ──その命を。

人の負の感情にとりつき、その感情を増殖させる『はく
実体はなく、精神を破壊するその存在は魔と呼ぶにふさわしかった。
魄にとりつかれた者は、感情を表す言葉を食われていき次第にその身を滅ぼしていった。
対して、その魔を浄化させる力を『おぼろ』と呼び、石を媒体として朧を操る人を『字守あざながみ』と呼んだ。

字守によって救われる人々。
しかし、人あらざるものの力──朧を使うことの代償は、同じく感情であった。
字守と魄。
相対する二つの力が、今ぶつかる──

 

目次

■第1話 謎の招待状
SCENE1:ざわつく心 / SCENE2:アクシデント / SCENE3:恐怖の始まり / SCENE4:出会い / SCENE5:飛行機ごっこ / SCENE6:記憶、力の暴発

■第2話 魄と朧と鬼と人形リーズ
SCENE7:意外な真実 / SCENE8:準備 / SCENE9:興味 / SCENE10:必要なこと / SCENE11:リーズという存在 / SCENE12:賭け / SCENE13:秘密

■第3話 鬼が消えた日
SCENE14:出発前 / SCENE15:出迎えた者は? / SCENE16:かわいい天使 / SCENE17:未知なる体験 / SCENE18:流天vs字守 / SCENE19:鬼の血

 

短篇集

❚色んな感情を疑似体験しよう。

現代ファンタジー、恋愛、人間ドラマ、青春、シリアスなど、多岐にわたるジャンルの短編小説を掲載。

■先生!恋愛小説の書き方教えてください
小説を書いたことのない私でも書けた。自分を知るために。──浮気をテーマにした小説の書き方の小説。
1 / 2 / 3 / 4 / 5(完)

私は『悪』になる
悪というのは、常に笑っていて、常に自信満々だ。必要悪である彼もまた、自分の正義を楽しんでいた。

契りの果ては
籠女かごめの話

15個のカノジョ
僕たちは二人で一人の作家であり、クリエイターであり、エンターテイナーだ。僕らは時にぶつかり、時に融合し、最後に壊した

廃棄処分にして下さい。
私は欠陥品だった。だけど、私は幸せだった。

僕の初めては113秒。
「楽しくもなくつまらなくもなく生きて、意味あんの?」その一言が僕を変えた。ある日、男はそう僕に言った。そいつと出会ってから僕は、毎日の「初めて」を切り取るようになった。そして気付いてしまった。僕に生きる意味はあるのだろうかと──

R18作品目次
性描写、または暴力的なシーンがあるため、年齢制限をつけました。目次が認証画面となりますので、必ず確認をして下さい。本編を読むためにはパスワードが必要です。

君がいたから
失って初めて気付く、その存在の大切さと秘めた想い。人を愛するというのは、どういうことか?を描いた恋愛人間ドラマ。★とある出版社のコンクールに出品し、『準入選』を頂きました★

女という性、紅の血
高校が舞台の恋愛ストーリー。彼女のいる人を好きになった野中泉のなかいずみ。彼女の起こす行動に主人公の聡子さとこは血が騒ぐのを感じた。女性は何故『思い出』を作りたがるのか?その真相を描きました。

麗らかな恋の花
短編恋愛小説。ほのぼのとしています。人は自分に足りないものを補い合うために出会い、別れを繰り返す。その中で誰か、何かを愛する。

 

Len*Ren

❚甘いひとときに包まれたい

※長編小説【字守-アザナカミ-】のキャラクターのアナザーストーリーです
・・・15歳以上推奨作品
■・・・全年齢対象作品(新作順)

 

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ABOUTこの記事をかいた人

インディーズ小説家。橘右近の相方=心の友です。ファン第一号