私が人のために動くことをやめないのには、2つ理由があります。

あなたはあなたでいればいい

過去、何度か「人の役に立とうとしなくていいんじゃない?」というようなことを言われたことがあります。

人のために頑張り過ぎている
とか
そんなに相手のことばかり考えて疲れないか?
と心配してくれてのことです。

ありがたいですね。

でも、私はやめません。それがこの2つの理由です。

  1. 人のためにしたことは、自分に何倍にもなって返ってくるのを知っているから
  2. マグロと同じで、し続けないと死んでしまうから

 

引き寄せの法則? 情けは人の為ならず

ぶっちゃけ、私は貪欲なんだと思います。
人にしたことは、良いことも悪いことも何倍にもなって返ってきます。
昔の人は、本当に的を射ているなぁと感心します。

それで、返ってくるならば、やっぱり良いことで返ってきてほしいじゃないですか。
なので「人のために」「自分がされて嬉しいこと」をします。

私は、敢えてスピリチュアルを勉強していないのですが(昔、プロの方に中途半端に関わるのは危険と聞かされたため)、自分がした行動は似たような行動をする人を引き寄せると思っています。

「類は友を呼ぶ」ってやつですね。

よく、イライラしている人の近くにいると、いつの間にか自分もイライラしていることがありませんか?
「何でこの人さっきからイライラしながら貧乏ゆすりしてるんだろう?」
と思いながら相手の顔を見ると、眉間に深~い皺が刻まれています。
それを見たら、自分の眉間にも皺が寄っていたりしませんか?
あれと同じです。

目に見えない感情がうつるのですから、見えない波動がピッタリ合うこともあるでしょう。
海の波のように、穏やかな波の時もあれば、人を飲み込むような高波だってあるし、満ちひきもあります。
そう思うと、自分の出している波動が他の波動を巻き込むことだってあるよな、と思えるんです。
声も音の波動ですからね。

 

笑顔を見たり、人が喜ぶ姿を見るのがたまらなく好き

好きなことってやめられませんよね。
誰が何と言おうとやめることはできません。

ましてや、それをしないと死んでしまうと思うことならなおさらやめないでしょう。

私はよくバスを利用する時、「お願いします」「ありがとうございます」と言って乗り降りをします。

大抵の運転手さんは返事をしてくれます。
それが何だか嬉しいんです。
返してくれる声が、優しかったり弾んでいるから。

でも、すごく疲れていたり、怒っている時は挨拶をしないまま降りてしまうこともあります。

するとですね、あとでとんでもなく悔やむんです。
「あー、言えばよかった」とうじうじします。
また余計に疲れたり、怒りが湧き上がってくるのです。

アホですよね。
自分で余計に疲れることをするなんて。
言っておけば、あとから悔やむことはなかったんです。逆に言ったことで運転手さんからパワーをもらえたかもしれません。

ですので、私は泳ぐと死んでしまうマグロのように、人に自分がされて嬉しいことをしないと余計に疲れたり元気がなくなってしまう=寿命が縮むんです。
まだ死にたくはないので、「人のために」という行動はやめられないのです。

 

なぜ「人のためにをやめた方がいい」と言ったのか?

もしかしたら、私が頑張って疲れているように見えたのかもしれません。
相手のことを考えて、悩んでいることがツラいことだと思ったのかもしれません。

どちらにしても、心配して言ってくれたことだと思うのでありがたいことですね。

言ってくれた人も、私を何とか助けてあげたいと思ってくれたのかもしれません。

私の心の友でもある相方の左近ちゃんは「人のためにをやめた方がいい」とは絶対に言いませんが(私の性格を知っているので)、代わりに私が甘えたり息抜きできるような存在だといいなと、謙虚に思ってくれます。
めっちゃ素敵な人です。
本人は、そんなにできた人間ではないと言いますが。人間誰しも素敵なところも嫌なところもあるでしょう。私にもあります。

けれど、そんな左近ちゃんと巡り合えたのは、自分が「人のために」と動いてきたからだろうなと思っています。

 

最後に

人にされて嬉しいことはする。
人にされて嫌なことはしない。

これを守っているだけで、かなり幸せです。